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札幌地方裁判所 昭和33年(行)4号 判決 1960年4月01日

原告 舟橋源吾

被告 国・札幌郵便局長

訴訟代理人 鰍沢健三 外四名

主文

原告の被告国に対する請求はいずれもこれを棄却する。

原告の被告札幌郵便局長に対する訴はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は左記の判決並びに金員支払の部分につき仮執行宣言を求めた。

(1)  被告国は原告に対し金七万八拾円の支払をせよ。

被告札幌郵便局長は原告に対し右金員支払の義務があることを確認する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

(2)  予備的に被告国は原告に対し金五万七千百弐拾円の支払をせよ。

第二、請求の原因

一、原告は被告国に雇用され郵政省職員として札幌郵便局に勤務する労働者でありその賃金の支払を同郵便局から受けとつているものであり被告郵便局長は雇用主である国のため原告に対しその労務管理について指揮監督の任にある労働基準法第十条にいわゆる使用者に当るものである。

二、原告は昭和三十一年三月から昭和三十三年二月までの間別紙(三)残業手当明細説明書記載のとおりのいわゆる残業(所定労働時間を超える労務の提供)をなしこれに対し同説明書記載のうち既支給額に相当する賃金の支払をうけたものである。

三、原告の賃金は本俸、勤務地手当、寒冷地手当、石炭手当、能率向上手当から成立し残業の賃率については労働基準法第三十七条同法施行規則第二十一条で定められているとおり右勤務地手当以下の各手当をもその算入の基準としなければならない。その法律上の見解は別紙(一)記載のとおりである。

四、右寒冷地手当、石炭手当および能率向上手当を算入して原告が前記期間に支払を受くべき割増賃金を計算すると別紙(三)説明書記載の新支給相当額となり既に支払を受けた金額との差額は同書差額記載のとおりで合計金参万五千四拾円となる。

五、しかるに被告国は右差額の支払をしないから右差額金と労働基準法第百十四条所定の同額の附加金合計金七万八拾円の支払を求め又被告郵便局長はその支払義務のあることを否認するのでこれが支払義務存在の確認を求める。

六、仮りに原告の割増賃金が一週四十八時間を超える部分についてのみ認められるものであるとすれば予備的に原告は被告国に対し別紙(四)記載の計算に基き割増賃金の差額金弐万八千五百六拾円と同額の附加金、合計金五万七千百弐拾円の支払を求める。

第三、本案前の答弁(被告札幌郵便局長指定代理人)

一、原告の被告札幌郵便局長に対する訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。

二、その理由として原告は被告国に対し給与の支払を求めるとともに被告札幌郵便局長に対して右給与の支払義務の確認を求めるというが同郵便局長は本訴訟における当事者能力を有しない。給与の支給関係が公法関係だからといつても機関が訴訟において当事者能力を有するのは行政事件訴訟特例法第三条の場合と性質上同条の準用をみる行政処分無効確認訴訟の場合だけであつてこれ以外の場合は民事訴訟法第四十五条の定めるところにより実体法上の権利義務の主体たり得るもののみが訴訟の当事者能力を有するものだからである。

給与の支給関係についてその権利義務の主体たるものは国であつて国の一機関である郵便局長は原告と何等実体法上の権利義務関係に立つものでない。又郵便局長が労働基準法第十条にいう「使用者」にあたる場合があるからといつてそれがために本訴訟における当事者能力ありとはいえない。なんとなれば同条は労働基準法を遵守する責任を負い監督機関の監督を受け違反について罰則を受ける者の範囲を明かにしているに過ぎず進んで同条により使用者と認められるものに民事訴訟法における当事者能力を与える趣旨のものではないからである。

第四、本案の答弁(被告国及び札幌郵便局長指定代理人)

一、原告の請求をいずれも棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求める。

二、請求原因中第一項は認める。別紙(三)残業手当明細説明書記載の数字につき原告の本俸、勤務地手当がa、b欄記載のとおりであること。寒冷地手当、石炭手当および能率向上手当としてc、d、e各欄記載の合計額を支給したこと、既支給額欄記載の割増賃金を支払つたことはいずれも認める。残業時間欄記載の超勤時間が一週四十四時間を前提として算出された数字であること、休日時間が国民の祝日に働いた時間数であること自体は争わない。

三、寒冷地手当、石炭手当および能率向上手当を割増賃金の基礎賃金に算入すべきであるという原告の主張は争う。右各手当の意義および原告に対する支給状況は次のとおりである。

(い)  寒冷地手当

これは北海道その他寒冷、積雪地においては気温、積雪風速等特殊の気象条件によつて冬には燃料費、除雪費、衣料費、家屋修繕費等に相当の出費を要するのでこれを補充する意味で支給される特別の給与であつて地域によつて支給額に差等がつけられている。(昭和二十八年一月一日附の「公共企業体等労働関係法第四十条により法律の適用を除外された労働条件の暫定的取扱に関する協約」(以下「暫定協定」と略称する)同年二月十九日附「寒冷地手当の支給に関する協定」同年八月二十六日附「寒冷地手当の支給に関する協定」によつて「国家公務員に対する寒冷地手当、石炭手当の支給に関する法律」に定める地域についての差等の例によることとしている。)そして昭和三十年度は同年八月八日締結せられた協定により支給日を同年八月十五日とし同日現在の職員に対しその支給日の属する月においてその職員が現に受けるべき俸給の月額と扶養手当の月額との合計額の百分の七五が支給された。これを原告についてみると金壱万六千五拾円が支給された。

昭和三十一年度は同年七月三十一日締結された「協定」によつて支給日を同年八月九日とし同日現在の職員に対し前年度と同様の例により支給されたことを原告についてみると原告は金壱万六千八百七拾五円が支給された。昭和三十二年度は特にこれについての協約が締結せられなかつたために昭和二十八年一月一日附「暫定協定」同年二月十九日附「協定」同年八月二十六日附「協定」によつて一般職員の寒冷地手当支給の例によることとなつて支給日を昭和三十二年八月三十一日として同日現在の職員に対しその職員がその支給日に属する月において現に受くべき俸給の月額と扶養手当の月額との合計額に百分の八〇を乗じてえた額が支給されたこれを原告についてみると金壱万九千八百四拾円が支給された。

(ろ)  石炭手当

本手当も寒冷地手当と同様に支給せられるものである。一般職員にあつてはその支給額は石炭消費量を世帯主三屯その他一屯として毎年の市場価格によつて換算した額をこえない範囲で支給されておるが郵政省の職員については右一般職との均衡を失しない範囲において毎年協定によつて支給額並びに支給日を定めることとされている。以下北海道に勤務する職員についてその者が世帯主である場合について述べるる。

昭和三十年度は同年八月八日に締結せられた「協定」によつて支給日を同年八月十五日とし同日現在の職員に対し金弐万壱千八百四拾円が支給された。

昭和三十一年度は同年七月三十一日締結せられた「協定」によつて支給日を同年八月九日とし同日現在の職員に対し金弐万壱千九百円が支給された。

昭和三十二年度は同年九月七日締結せられた「協定」により同年九月十六日現在の職員に対しては札幌市在勤の者には金弐万四千拾壱円を支給することとしこの金額を基準として同年同月十七日から翌三十三年三月十五日までの間に新規採用された者その他北海道以外の地から転勤して来た者についてはその事由発生の日が昭和三十二年九月十七日から十月末までの間の場合は百分の百同年十一月一日から同月末までの間の場合は百分の九十同年十二月一日から同月末までの間の場合は百分の八十翌年一月一日から同月末までの間の場合は百分の六十同年二月一日から同月末までの場合は百分の四十同年三月一日から同月十五日までの間の場合は百分の二十を支給するが逆に右の石炭手当の支給を受けた者が昭和三十二年九月十七日から翌三十三年一月末までの間に退職したり、その他北海道以外の地へ転勤した場合はその事由発生の日が昭和三十二年九月十七日から同年十月の間の場合は百分の七十同年十一月一日から同月末日までの間の場合は百分の六十同年十二月一日から同月末までの間の場合は百分の四十翌年一月一日から一月末までの間の場合は百分の二十を返戻させることとした。原告については金弐万四千拾壱円が支給された。

(は)  郵便能率向上手当

郵便及び電信電話事業に直接間接に従事する職員については会計年度を四月一日から九月三十日までと十月一日から翌年三月三十一日までの二期に分けて右期間に勤務した者について協定で定められた特定の日に在勤する者に限つてその間の成績に応じて特別の給与が支給せられる。これは一般職である国家公務員にみれば「一般職の給与に関する法律」により毎年六月十五日と十二月十五日に二回にその日に現に在勤する者に対して各支給日の前の六ケ月間の勤務成績に応じてその者の俸給月額と勤務地手当月額の合計額に対し年間百分の七十五以内で支給されるものと定められている勤務手当と同一性格のものといえる。そして郵便事業に直接関与し又は貢献した郵便局に勤務する職員に支給せられるものを「郵便能率向上に対する臨時奨励手当」と称し電信電話事業に直接関与し又は貢献した郵便局に勤務する職員に支給せられるものを「電信電話能率向上に対する臨時奨励手当」と称せられている。

郵便能率向上に対する臨時奨励手当は昭和二十九年度下期(昭和二十九年十月一日から昭和三十年三月三十一日)分は昭和三十年三月九日締結された「協定」並びに同日附「了解事項」により同年三月十五日現在の職員に対して下期における業績に応じ総額壱億壱千万円を支給した。原告には昭和三十年三月三十一日金弐千弐百五拾六円が支給された。

昭和三十年度は同年十二月五日に締結された「協定」並びに同日附「了解事項」により同年十二月一日現在の職員に対し同年四月一日より九月三十日までの間の業績に応じ総額壱億壱千万円を支給し翌昭和三十一年四月二日締結せられた「協定」並びに同日附「了解事項」により同年四月二十日現在の職員に対し昭和三十年四月一日から昭和三十一年三月三十一日までの業績に応じて総額弐億八千万円と協定し前記支給額壱億壱千万円を差引き総額壱億七千万円を支給した。原告には昭和三十年十二月二十八日金参千六百拾弐円翌三十一年五月十一日金参千四百四拾円が支給された。

昭和三十一年度は同年十二月二十四日締結せられた「協定」並びに同日附「了解事項」により同年十二月一日現在の職員に対し同年四月一日から九月三十日までの間の業績に応じ総額壱億八千弐百弐拾五万五千円を支給し昭和三十二年五月二十一日締結せられた「協定」並びに「了解事項」により同年五月一日現在の職員に対し昭和三十一年十月一日から翌三十三年三月三十一日までの間の業績に応じ総額弐億弐千拾参万四千円を支給した。原告には上半期の分として昭和三十一年十二月二十九日金四千弐百六拾円下半期の分として昭和三十二年六月十日金四千九百五拾七円が支給された。

昭和三十二年度は同年十二月十九日に締結せられた「協定」並びに同日附「了解事項」により同年十二月一日現在の職員に対し同年四月一日から九月三十日までの間の業績に応じ総額壱億八千弐百五拾九万四千円を支給した。原告には上半期分として昭和三十二年十二月二十八日金参千九百九拾八円が支給されたた。

以上によつてみれば寒冷地手当、石炭手当は労働基準法第三十七条第二項同法施行規則第二十一条第三号にいう臨時に支払われた賃金にあたるし能率向上手当は同法第三十七条第二項同法施行規則第二十一条第四号にいう一ケ月を超える期間ごとに支払われる賃金にあたるとともに同法第三十七条第二項同法施行規則第二十一条第三号にいう臨時に支払われる賃金にもあたることが明かで同法第三十七条第一項にいう割増賃金の基礎となる賃金中に算入せらるべき賃金ではない。なおこの点に関する詳細な意見は別紙(二)記載のとおりである。

四、原告の勤務時間に関する規程として「郵政事業職員勤務時間、休憩、休日及び休暇規程及び就業規則があるこれによれば職員の勤務時間は一日について八時間但し一週のうち一日を半休日としその日の勤務時間は四時間とされ日曜日を週休日とするので一週間の勤務時間は四十四時間とせられるのであるが業務の都合によつて半休日を与えられない場合は所属長の定めるところにより半休日に相当する勤務を要しない時間を他の日に割り振られることとされている。しかし業務の都合によつて右にいう所定勤務時間をこえて勤務せしめる必要がある場合には一日について八時間一週間について四十八時間までは所属長は労働基準法第三十六条の規定による協定を結んでいなくてもこれを命ずることができる(就業規則第二十六条第一項)しかしてこの場合の割増賃金は労働協約のみによつて定められるべきものであり労働基準法としては所定勤務時間をこえる時間については割増賃金を支払うことを要するものとはしていない。時間外労働又は休日労働に関しては昭和二十九年十二月十七日附の協定があるがこれは時間外労働又は休日労働を命じうる場合を制限しこれを命ずる場合は事前に当該職員に通知すべきことを定めているにすぎず右にいうような所定勤務時間外の労働について割増賃金支払を取極めた協定ではない。

原告が本訴において時間外勤務をしたと主張するところの時間数は所定勤務時間を超える勤務時間をすべて計上しているのであつてこの全部に対して労働基準法に基く割増賃金が支払われるべきものとするのは誤りである。又原告が休日に勤務したとしてあげている時間は国民の祝日に働いた時間であり労働基準法にいう割増賃金を支給すべき休日の労働とは週休日を指すのであるからこれをもつて同法上の割増賃金が支払われるべき時間外労働時間数に加算することも誤りである。

なお原告について労働基準法上の割増賃金の支払われるべき時間外労働時間数は左のとおりである。

年月

時間数

年月

時間数

年月

時間数

備考

三一、三

三一、一一

二三

三二、七

五二

一二

五四

左側夜勤

五〇

三二、 一

九五

三三

三五

四八

一〇

二五

五二

一一

五三

一六

二一

一二

一三九

左側夜勤

二六

二〇

三三、一

四一

一〇

三五

三一

二九

五、以上の理由により被告国が原告主張の各手当を除いて割増賃金を計算し支給したことは正当であるから原告の請求は排斥せらるべきものである。

六、原告の予備的請求については原告主張にかゝる諸手当を原告主張の方法をもつて割増賃金を計算する基礎に含ましめこれに労働基準法上割増賃金を支払うべき時間外労働時間を乗じて計算すると別紙(四)記載の数字となることは争わない。

第五、被告の主張に対する原告の答弁

一、被告の本案に対する答弁三項の各手当の意義および原告に対する支給状況は、郵便能率向上手当が一般職公務員の勤勉手当と同性格のものであるとする点を争いその他は認める。郵政省職員には一般職公務員の勤勉手当相当額は別に支給されておりその外にそれに加えて能率向上手当が支給されている。

二、同四項中郵政職員の勤務時間が被告主張のとおりであることおよび原告の割増賃金が支払わるべき時間外労働時間として掲げられた数字が一週四十八時間を超えて超過勤務した場合の時間として計算されたものである限り認める。但し原告を含む職員を、実働四十四時間を超え四十八時間までの時間は労働基準法第三十六条の協定がなくとも勤務を命ずることができるという点および右の場合は割増賃金を支払う必要がないという点は争う。時間外労働休日労働に関する昭和二十九年十二月十七日附の協定の時間外労働休日、労働を命ずる場合を制限し通知義務を規定したのみであることは被告主張のとおりであるがかゝる場合割増賃金支払を取極めた明文の条項はなくともこれは右事項が当然のことであるため特に規定しなかつたに過ぎず、労働基準法の法趣よりして協約上の明文の不存在を理由にこれが支払を免れるものでない。

第六、証拠<省略>

理由

一、原告は被告札幌郵便局長に対し割増賃金及び附加金を支払うべき義務があることの確認を求めているが当裁判所は同被告の見解と全く同じ理由により同被告は右訴につき当事者能力を有しないものと解するから原告の同被告に対する訴は不適法たるを免れない。

二、原告の被告国に対する主張のうち事実関係についてはすべて当事者間に争がなく争点は寒冷地手当、石炭手当及び能率向上手当が労働基準法第三十七条に定める割増賃金の基礎となる賃金に該当するか及び一週四十八時間に満たない時間及び国民の祝日における労働が同条所定の割増賃金支給の対象となるか否かの法律問題に帰するから以下この点について順次検討する。

三、郵政事業に従事する職員の給与、勤務時間等については昭和二十七年法律第百八十八号をもつて公共企業体労働関係法の一部が改正されこれにより同法第二条第一項第二号に掲げる国営事業については昭和二十八年一月一日以降国家公務員法の一部の適用を除外してその労働条件について団体交渉、及び協約締結の自由を認めたことにより従来公務員として適用されていた「一般職員の給与に関する法律」「国家公務員に対する寒冷地手当、石炭手当の支給に関する法律」及びこれらの法律の委任に基いて制定された人事院規則の適用は排除せられかわつて「労働基準法」「国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法」及びこれらの法律に基いて当該現業職員の勤務する企業の主務大臣が制定した給与基準勤務時間等に関する規程、就業規則等によつて規律せられることになり、なお当該現業職員をもつて結成せられた職員組合との間に労働協約の成立をみたときはその協約によつて規律せられるものであることは前示各法令の規定により明かである。

ところで原告の所属する郵便事業に従事する職員について時間外等の労働に対する割増賃金の基礎とすべき賃金については昭和三十三年十二月二十七日の覚書(甲第一号証三百八頁、但しこの覚書には本件各手当は含まれていない)のほかに特別の協約等は存在しないから専ら労働基準法第三十七条の規定の解釈によりこれを決定しなければならないこととなる。

四、労働基準法第三十七条が同法第三十二条若くは第四十条の労働時間を超える時間の労働、第三十五条の休日における労働又は深夜の労働に対して割増賃金を支払うべきことを使用者に義務ずけるのは原告の指摘するごとく過重な労働に対する労働者への補償を行う目的を有するとともに同法が規定する労働時間制及び週休制の原則を確保せんとする政策的考慮に基くものである。しかしてその基礎となる賃金については現在におけるわが国の賃金制度の実情と同法の広範な適用範囲とを考慮し通常の労働時間、又は労働日の賃金の計算額によることとし労働とは直接関係のない個人的事情に基く賃金の臨時的突発的事由に基いて支給されるもの、支給条件は予め確定されているが支給事由の発生が不確定であり且つ非常に稀に発生するものなど計算技術上単位労働時間の計算が困難なもの等を除外することとしたのであつて、労働基準法施行規則第二十一条によつて臨時に支払われた賃金一ケ月を超える期間ごとに支払われる賃金が除外例とされたのも右の如き理由に基くものである。

五、寒冷地手当、石炭手当の意義。原告に対する支給状況が被告の主張するとおりであること及びその支給については昭和二十八年一月一日附の「暫定協定」等により「国家公務員に対する寒冷地手当、石炭手当の支給に関する法律」及び「国家公務員に対する寒冷地手当支給規程」が準用され、石炭手当については一般公務員と均衡を失しない範囲において毎年協定により支給額並びに支給日が定められるものであることは当事者間に争がない。原告はこれらの手当は労働基準法施行規則第十九条第一項第四号にいう「月によつて定められた賃金」に該当すると主張するのである。なるほど右支給に関する法律第二条には第一項ないし第三項においてその支給期間を通じ云々として支給額の範囲を定めまた第四項においては寒冷地手当、石炭手当はその支給期間を通じて支給すべき額の全額又は一部を一括して支給することができる旨の定めがあり支給期間なるものを予定していることは明かであつてそれはこれら手当の性質上又は支給額を決定するためにも必要なことである。しかし同法においては右期間についての定めがなく又冬期なる観念も実際において必しも明確でない。されば同法は第三条においてその支給額、支給期間、支給方法等は内閣総理大臣に委任しているのであつて一般公務員及び原告らに準用される「国家公務員に対する寒冷地手当、石炭手当の支給規程」によれば特に支給期間を定めず、寒冷地手当はその支給日において支給地域に現に在勤する者、石炭手当はその支給日において北海道に現に在勤する者に対して支給する(第二条)その支給日は八月末日(その日が日曜日に当るときはその前日)とする(第四条)旨を定め毎年八月末日(原告らについては協定で定めた日)に一括支給せられてきたのである。もとより右委任に基きこれと別個に各月に支給する方法を定めることは可能であつて防衛庁の職員に対する寒冷地手当、石炭手当等の支給規程(昭和二十七年九月二十六日総理府令第七十二号)が支給期間を十一月一日から翌年三月末日とし支給日をその各月の俸給支払日と定めているのもその一事例である。しかしこのような特別の定めがない以上これを任意に冬期間なる観念をもつて十月一日から翌年三月末日の六ケ月間に分割して支給するごときことは許されないのである。昭和三十年度における北海道勤務の非常勤職員に対する石炭手当、寒冷地手当の支給に関する協定(甲第一号証百七十八頁)が特に十月一日以降翌年三月末日までを冬期々間としてこの期間に継続雇用される見込のある者に支給する旨を定めているのはその職員の性質上特に期間を定める必要があるためになされたものであつてこの協定があるからといつて原告らについても当然これと同様の期間内に分割支給せらるべき性質のものであると論断することはできない。又昭和三十二年度における石炭手当の支給に関する協定(甲第一号証二百七十五頁)において追給返納等の定めをしているのは支給日当日現在における在勤の有無による支給の不合理を是正することを主眼としたものであつてこの協定の存在することをもつて支給期間が定められたものということもできない。右のように支給期間なるものを明確に定めた協約ないし規程がないに拘らず原告主張のようにこれを任意に分割して割増賃金の基礎賃金額に算入するならばそれこそ賃金の不安定不均衡を来す結果を生ずるものといわなければならずこれを要するに原告らに対する寒冷地手当、石炭手当が労働基準法施行規則第十九条第一項第四号にいう「月によつて定められた賃金」に該当するという原告の主張は同法の解釈上到底是認し難いものであつて同法施行規則第二十一条第三号にいう臨時に支払われた賃金に該当するものと認めるのが相当である。

六、郵便能率向上手当なるものが郵便及び電信電話事業に直接間接に従事する職員については会計年度を四月一日から九月三十日までと十月一日から翌年三月三十一日までの二期に分けて右期間に勤務した者について協定で定められた特定の日に在勤する者に限つてその間の成績に応じて特別に支給せられる給与であつて郵便事業直接関与し又は貢献した郵便局に勤務する職員に支給せられるものを「郵便能率向上に対する臨時奨励手当」と称し電信電話事業に直接関与し又は貢献した郵便局に勤務する職員に支給せられるものを「電信電話能率向上に対する臨時奨励手当」と称せられていること及び原告に対する支給状況が被告主張のとおりであることはこれ亦当事者間に争がない。原告はこの手当も亦労働基準法施行規則第十九条第一項第四号にいう「月によつて定められた賃金」であると主張する。しかし証人土生滋久の証言によると右手当は当該年度の予算を超える収益があつた場合に特別会計の建前上右増収の一部をその収益に寄与した職員に対し還元する趣旨で支給せられるものであつて本来は会計年度を一単位として計算さるべきものであるが便宜これを年二回に分けて支給しているものであることが認められこれに前示支給の経過とを併せ考えると右手当は定期的に支給せらるが原則として職員の勤務成績に応じて支給されるものであつてその支給額が予め確定されていないものであるから、一般公務員が毎年六月十五日と十二月十五日に期末手当と共に支給される勤勉手当とその性格を同じくするものといわなければならない。それならば右手当をもつて「月によつて定められた賃金」であるとの原告の見解は失当であつて同施行規則第二十一条第三号にいう臨時に支払われた賃金に当るとともに第四号にいう一ケ月を超ゆる期間ごとに支払われる賃金に該当するものと解すべきである。

七、次に原告は別表(三)において原告の勤務時間が協定により一週四十四時間であることを前提としてこれを超える一週間四十八時間以内の勤務時間及び国民の祝日において勤務した時間をも計上しているが労働基準法第三十七条において割増賃金支払の対象とされる時間外及び休日労働とは同法第三十二条若くは第四十条の労働時間を超ゆる時間の労働第三十五条の休日における労働であつてこれに満たない時間の労働及び週休日以外である国民の祝日における労働については同条の関知することでない。原告について右所定時間外の労働及び国民の祝日における労働に対し割増賃金を支払うべきことを定めた協定は存しないのであるからこの点に関する原告の主張も亦失当である。

八、以上の理由により被告国が原告主張の各手当を割増賃金の基礎賃金に計上しなかつたことは正当であつて原告の同被告に対する主位及び予備的請求は失当として又被告札幌郵便局長に対する訴は不適法としてこれを排斥すべきものであるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 浜田治 岡田潤)

(別紙(三)省略)

別紙(一)(原告)

一、割増賃金支払の根拠について。

割増賃金制度は西欧諸国における長期に亘る慣行と労働科学の諸研究の成果によつて一日二十四時間を三単位に割る八時間労働制が人間が労働の健全な供給を維持し文化的な生活を確保するため合理的な最少限度のものであるという科学的な考え方にその基礎と由来をもつているのである。即ち八時間労働制が人間の労働力を再生産するための必要最低限のものであるという考え方を基礎におけば当然この八時間をこえる労働がなされた場合にはこの超過労働によつて過費された労働力を回復補償させるにはどうしても相当程度の栄養を補給し良好な休憩施設の給与をするのでなければ因難でありそのためには通常の労働時間に対して支給される通常の賃金では不十分であるというところにある。こうした観点から労働保護法である労働基準法がこの制度に設けたのである。そして本件において問題であるのはかかる観点から原告の請求する諸手当が割増賃金計算の基礎とする資格を有するか――労働力再生産のための実質的賃金としての性格を有するか――ということである。

我国においては戦後の特殊な経済的事情と使用者の労務対策とが関連して非常に変則的な賃金体系がとられている。これは基本給プラス諸手当という形態であるがこの各諸給与関係の算定基準となる基本給を低くするということによつて実質的総体的賃金を低くおさえる目的でもつて真に合理的な理由がないにも拘らずこれが(名目基本給を低くして諸手当の項目を増加するということ)不当に濫用されている傾向がある。

従てこの手当の内でも労務の代償として支給され、実質的賃金として考慮されるものはこの割増賃金計算の基礎とするのでなければ使用者の若干の小細工でいくらでも脱法的行為が容認されることになり同法趣旨と存在価値が崩壊されてしまうのである。

しかし日本の賃金体系における手当制度が前述の如きものであるため本来労働の対償といえないものまで含んでおりこのようなもので割増賃金の基礎とするのは前述の如き本条の制定目的から妥当でないので同条第二項で除外例を設けたのである。従て除外例とするところは各企業に雇用される労働者の賃金体系からみて右企業のすべての労働者に一般的で一率でよいもの、いいかえると提供した労働の如何というよりも単位労働者のもつ諸事情環境により給付に差異があり(通勤、家族手当等)そのためこれを基礎にする労働の代償であるべきこの割増金が労働と関係のない事項で各労働者毎に隔差を生じ不合理になるものやその支給される事由が突然的偶発的であつてこれを基礎にすると割増金が不安定不合理になるものを除外したのである。

二、寒冷地手当、石炭手当、能率向上手当について。

原告の請求にかかる諸手当はいずれも右除外例に該当しないものであるばかりでなく本制度の本趣からは積極的に算入さるべき性質を有するのである。寒冷地手当、石炭手当は寒冷地における生活資材を購入する物価が他地域より高率であるため同一名目賃金が実質上の低下を来すことになることをカバーするものであり勤務地手当とわけて取扱う理由はなくむしろかえつて算入の必要があるといえるのである。各個別労働者の労務と無関係な事由でその支給額に差異があるわけでなく寒冷地に居住するすべての労働者に一般的に支給されるものでありただその労働を再生産する事情により若干差異がつけられるにすぎないのである。

又諸能率向上手当、内務者手当はいずれも労務の対価、いいかえれば労働の密度をカバーするものとして支給されるものであり本来各月毎に支給される性質のものが便宜上技術上一括して支払われているのでありこの給与も郵政省に勤務している労働者で各所定勤務を行つているものに勤務に応じ一般に支給されるものであり、支給事由が突発的、偶発的のものでないことは多言を要しない。各手当の差異については次に詳述する。

(1) 寒冷地及び石炭手当について。

(イ) 沿革的には戦前から北海道等寒冷地域においては他地域より初任級二割高の比率でこの種手当が賃金の中に加算して月々支給されていたものを戦後国家公務員法の採用に伴い給与制度が変り初任級が全国一率とされたためこれが矛盾を解消するため手当という形式をとるようになつたのである。

(ロ) 本手当支給が立法上最初に確定された法律第二百号(国家公務員に対する寒冷地手当、石炭手当、薪炭手当の支給に関する法律)にはその第二条第一項に「その支給期間を通じて職員の俸給の月額と扶養手当の月額との合計額の百分の二十に相当する額の四カ月分を超えて支給してはならない」とあり又同条第四項に「……その支給期間を通じて支給すべき額の全部又は一部を一括して支給することができる。」とある。これは明文上この手当には支給期間の概念があることと本来は月払のものが例外として一括払いすることが可能であることを明かにしているのである。以上の明文と本来議員立法であり同法の立法者であつた千葉参議院議員の考え方を綜合すれば第一に同法が冬期間を支給期間とするものであること第二にそれが一応予算の関係で四カ月とおさえられたこと第三に本手当は月別に支給さるべき性格のものであるが財政上可能であれば経済的便宜上一括前払してもよいということが明かになるのである。

(ハ) 公労法の制定と共に郵政省職員の給与が法律でなく協定により定まるようになつた後も本手当に関する前記法律第二百号の趣旨は変更されないばかりか更に具体化されている。例えば「昭和三十年度における北海道勤務の非常勤職員に対する石炭、寒冷地手当の支給に関する協定(甲第一号証の協定案一七八頁、なお北海道以外の職員は一八一頁、これが昭和三十一年以後も継続している二一三頁、二二三頁、二八一頁、二八四頁等)によれば第一に本手当が冬期期間を通じて支給されるものであること(第二条)。第二にこの冬期期間とは十月一日から翌年三月末日までの六カ月に相当すること。(第二条及び別表参照二一五、二二四頁)が規定され明文上月毎に分割し得る期間の定めのある性質のものであることが具体化されている。

(ニ) この各手当が郵政省と全逓労組との協定によつて定められるようになつて以来、制度本来の趣旨に従て合理化整備化されて来たのであるが一応整備した形態をとつた昭和三十二年度の協定(甲第一号証二七五頁)においては追加返納の制度が確定された。この制度によれば冬期間に寒冷地に在勤するか否かによりその支給不支給が調整されるようになつたのであるから、この制度が冬期の労務に対する賃金としての性格をもつことが理論的にも事実上も否定できなくなつたのである。この追給返納の制度を設置維持すること自体は(追給返納の額や比率に争いこそあつたが)もつとも合理的なものとしては郵政省も争わず協定両当事者間の意思が合致したものであつてこのことがこの手当の本質を示唆するものである。

本手当は夏期に一時に支払われる慣行があつたためこれを捉えて本手当がお盆手当のごとき臨時に支給される期間の定めのない性質のものであり「一カ月を超える期間毎に支払われる賃金」に該当するとの議論もあるがこれはこの制度に内在している支給の対象となる「期間」とその「支給日」という二つの概念を混同したものである。即ち本手当は本来「冬期」に提供した労務の代償として支給されるのであり給付の内容額等を決定する事由が発生する期間は固定しているのであり、単にその支給日が一括されているに過ぎない。支給日は何時でもよく何時支払われるかということはこの制度に固有絶対的のものでない。現にこの支給日は毎年まちまちである。これが一括前払されるのは経済上利益が大きいという便宜上の観点とそのため夏期の物価が低廉のとき冬期消費物を購蓄しておく慣習が寒冷地にあることを考慮したものに過ぎない。お盆のときの臨時出費というものでなく労働の再生産のために消費さるべき期間は、自然現象として確定しているのに反し事前に購入し蓄積すべき日時は固定的必然的なものでないに過ぎずまさに賃金としての実質を有するのである。

(ホ) 以上の諸点を綜合すれば本手当が本来割増金の算出基礎となるべき通常の賃金としての性格を有し労働基準法施行規則第十九条第一項第四号にいう「月によつて定められた賃金」に該当することが明かである。なお民間企業における「冬期手当」が一括支給されても冬期各月の賃金の前渡であり臨時に支給される賃金でないとする。解釈例規の存在すること(昭和二四、四、二五基収三九二号)森永製乳株式会社等の民間企業において協約により本手当と同一のものを割増賃金の基礎として算出している事例が現にあることを附言する。

(2) 能率向上手当

本手当が(非現郵便、電信電話等)その算出方法及び財源にこそ差異があるが本質は一定の生産目標をこえた増収があつた場合に支払われる賃金の一形態であることは異論がない従て要点はこの手当が労働基準法第三十七条の除外例である同法施行規則第二十一条三号の「臨時支払われる賃金」又は「一カ月を超える期間毎に支払われる賃金」に該当するであろうかということである。第一に本手当は定員法の関係で労働者の人員数が固定化され仕事量のみは増大したため必然的に各労働者の労働の密度が高まる結果をカバーするものであり本質的には賃金であること、第二に本手当は本来月別に計算され支払わるべき性格をもつているがただ毎月の計算を行うためには多大の要員を必要とするにも拘らずこれを見合う予算がないこと。給与金額が僅少であるため一括支払われても賃金毎月払制度の趣旨に反しないという技術上便宜上の理由から偶々今迄現実に支払われたことがなかつたにすぎない。第三にこの手当支給の対象である労働量も固定化し、支給不支給も固定的であり支給額も大体固定化して来ていること。第四に支給期日が固定しているため支給もれのある者が存在することを以て「臨時」という性格の理由とすることは例外を以て一般を決定しようとする誤れる見解であること等より見て本手当が所謂賞与等臨時に支給されるものと異り割増賃金の基礎となるべきものであることが明白である。

別紙(二)(被告)

一、割増賃金計算の基礎となる賃金について

割増賃金なるものは労働基準法にいう所定労働時間を超える労働が所定労働時間における労働よりも過重であることにより設けられたものであるからそれはまず所定労働時間に対する賃金を確定して、しかる後にこれとの比較において求められる。従つてある賃金が広い意味において労働の対価であるといえても、単位労働時間の賃金を算出することができない性質のものであればこれを割増賃金の基礎賃金とすることは不可能である。労働基準法第三十七条第一項が割増賃金の基礎となる賃金は通常の労働時間又は労働日の賃金でなければならないとしている理由はここにある。それならば単位労働時間の賃金を確定し得る賃金であればすべてこれを割増賃金の基礎とすべきであろうか。我国の賃金制は完全なる能率給の制度を採つておらず賃金の中には多分に生活給的なもの、年令給的なもの。勤続給的なものを含んでいる。同程度の労働に服しながらある者は扶養家族が多いためある者は遠隔地から通勤しているため、ある者は年令が高いためある者は勤続年限が長いため他の者より多額の賃金の支払を受けている、そういう労働と直接の関係がない事由が割増賃金額にも影響してくるならばこれ等の者の賃金格差を増々大きくすることになつて不均衡を生じ割増賃金制度があるがために労働者の労働意欲を阻害する虞れがある。労働基準法第三七条第二項が家族手当通勤手当を、そして同法施行規則第二十一条第一号が別居手当を第二号が子女教育手当を割増賃金の基礎賃金から除外したのはこの理由に基く、しからば労働基準法施行規則第二十一条第三号が臨時に支払われた賃金を除外した理由は何であろうか。その支給事由の発生が突発的、偶発的でこれを割増賃金の基礎賃金とするときは割増金額が不安定となつて好ましくないということもあるが又たまたまかかる支給事由の生じた者のみが、そうでない者と同一の労働に服しながら割増賃金が多くなるという不均衡を生ずるということにも因る。即ち賃金の支給条件が予め定められていてもこれを受けるか否かが偶然性によつて左右される場合はこれまた同号にいう臨時に支払われた賃金なのである。労働基準法施行規則第二十一条第四号はさらに一カ月を超えることに支払われる賃金を除外する。賃金は毎月一回以上一定の期日を定めて支払わなければならないものであるが例外として賞与その他これに準ずるものは右の原則の適用を除外される。即ち賞与その他これに準ずるもののうち純粋に労働者の勤務成績に応じて支給されるものであるときはかかる賃金のうちには既に時間外労働に対する割増賃金に相当すべきものも含まれているはずであるからこれを除外すべきことは勿論であるが基本給額に比例して支給される場合は右基本給が前述したように完全な能率給でない関係上受給者間の不均衡を大ならしめて好ましくないという理由に基くものなのである。

二、寒冷地手当、石炭手当について

労働が所定の労働時間をこえてなされた場合、または所定の労働日以外の日になされた場合はそれが所定の労働時間または所定の労働日になされた場合にくらべてたとえその質と量において同一であつたとしても労働者にとつては過重である。前述のとおり割増賃金はこうした労働の過重性を補償せんとするものであるから割増賃金を計算する基礎となる賃金なるものは所定の労働時間または労働日に行われる労働の対価たる性質を有するものに限られるべきは当然であろう。労働基準法第三十七条第一項はこれを「通常の労働時間又は労働日」の賃金といつているのである。そこで問題は北海道に在勤する職員に支給される寒冷地手当、石炭手当なるものが冬期間における所定の労働時間または労働日の労働がそれ以外の期間における労働に比して質量において特殊性があるために支給される賃金であるといえるかどうかにある。これらの手当はこの地方に勤務する者は冬の生活のために燃料費、除雪費、家屋修繕費、衣料費等に相当の出費を要するところからその一部を補給する意味で支給されるものなのである。このことはこれらの手当なるものはこうした寒冷、積雪地に住んでいることによつて冬の生活に必要となる費用をまかなうためのものではあるがこうした地域における冬の労働それ自体が他の期間他の地域における労働にくらべて特殊であるがために支給されるものではないということなのである。北海道に在勤する職員が冬期間に定められた労働時間をこえて労働したことによつてまたは定められた労働日以外の日に労働したことによつて前述したような生活費がそれだけ増加するといえるであろうか、これが否定せられざるを得ない以上こうした生活費の一部を補給する意味の賃金が労働自体の対価とは無関係であることは明かなところであるからである。

原告は寒冷地手当、石炭手当は「寒冷地における生活資材を購入する物価が他地域より高率であるため同一名目賃金が実質上の低下を来すことになることをカバーするものであり勤務地手当とわけて取扱う理由はない」というが寒冷地手当、石炭手当なるものが勤務地手当と同一性格のものとでも考えているものであろうか後者が特定の地域においては他の地域より生活費が著しく余計にかかるのでこれを補う意味を持つているのに対し前者が特定の地域における特定の季節において他の地域又は他の季節より生活費が著しく余計にかかるのでこれを補給する意味をもつているという面のみを見るならば被告もこれをあえて否定はしない。しかしこれは賃金なるものが労働者の生活のために大部分が費消されているという現実を物語るにすぎないのであつてそのことから直ちに生活に必要な費用が即ち労働の対価であるということにならない。同じく生活補給的側面を持つとはいえ勤務地手当は物価の著しい地域的格差をカバーしようとするものでそれは共通の一般生計費に着眼しその差異に即応して労働の対価を決定しようとするものであるに反し寒冷地手当等は前述のように生活費のうち特定の特殊な出費につきこれを補給しようとするものであつてしかもそれらの労務との関連性は通勤手当と比較してもより薄弱である。したがつて勤務地手当については「通常の労働時間又は労働日の賃金」として基礎賃金に組み入れられるのは十分合理的理由があると思われるがこれと性格を異にする寒冷地手当等につき彼此同一に論すべきではない。しかも労働の対価たるためにはそれは現実に提供された労働の質と量に対応するものでなければならない。働けば貰えるけれども働かなければ貰えないという賃金であつてこそはじめて労働の対価といいうる。いまこの点に関して勤務地手当、寒冷地手当はそれぞれどのようになつているかをみてみよう。

(勤務地手当)

本手当は昭和三十二年三月末までは昭和二十八年一月一日に締結せられた「公共企業体等労働関係法第四十条により法律の適用を除外された労働条件の暫定的取扱に関する協約」(以下暫定協定と略称する)の第一条によりそれ以降は昭和三十二年九月五日に締結された「暫定勤務地手当に関する協定」の附則第四項により一般職の職員の給与に関する法律が準用せられる結果昭和三十二年三月末までは同法第十五条第十九条により同日以降は同法第十五条第十九条附則第二十六項(昭和三十二年六月一日法律第百五十四号)によつて働かない場合はその時間に応じて減額される。

(寒冷地手当)

本手当は「暫定協定」により「国家公務員に対する寒冷地手当、石炭手当の支給に関する法律」および「国家公務員に対する寒冷地手当、石炭手当支給規程が準用せられる結果職員たる身分を有する限りたとえ現実に勤務に服していなくても支給規程第一条の各号のいずれにも該当しないので全額が支給せられる。

(石炭手当)

本手当は昭和三十一年度までは「暫定協定」により「国家公務員に対する寒冷地手当、石炭手当の支給に関する法律」および「国家公務員に対する寒冷地手当石炭手当支給規程」が準用せられる結果前述した寒冷地手当と同様に現実に勤務しなくても全額が支給せられた。昭和三十二年度は昭和三十二年九月七日締結せられた「昭和三十二年度における石炭手当の支給に関する協定」によることとなつたが現実に勤務していないというだけでは同協定第一条第一項各号のいずれにも該当しないのでこれまた全額が支給せられた。

以上の次第であるから寒冷地手当石炭手当が勤務地手当と経済的効用において同じであるからといつて前者が後者と同じく割増賃金の基礎賃金に加えるべきだとする原告の主張は明かに誤りである。

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